後藤明弘の研究紹介
FRETイメージングによる神経突起伸展の分子メカニズムの解明(~2011)
Goto A, Hoshino M, Matsuda M, Nakamura T. Phosphorylation of STEF/Tiam2 by protein kinase A is critical for Rac1 activation and neurite outgrowth in dibutyryl cAMP-treated PC12D cells.
Mol Biol Cell. 22:1780-90, 2011.
我々の生体内では多くの神経細胞がネットワークを構成し、高度な知覚機能や身体制御を可能としています。神経細胞からは神経線維が伸び、電気信号が伝わることで細胞間の情報が伝達されます。このネットワークは主に発生期において神経線維が進展することで構築され、成人期にはネットワークがほぼ確立します。成人期においては抹消神経が損傷を受けても、繊維を再び伸ばして再生することができます。一方、中枢神経は損傷すると再生することはありません。そのため脊髄損傷で中枢神経が一度損傷を受けてしまうと、後遺症が残ってしまう可能性があります。
ラットを用いた実験で、cAMP投与すると中枢神経線維が再生されたという報告があります(図1)。そこで我々はcAMPによって突起を伸ばすPC12D細胞(ラット副腎髄質クロム親和性細胞)に着目しました。cAMPによって突起が伸びる分子メカニズムを明らかにすることで、中枢神経の再生のための基礎的知見になると考えたからです。
図1. ラットの胸髄の水平切片。オレンジ色が神経線維。通常、損傷から8週間後経過しても再生しないがcAMPを投与すると再生が見られる(*)。Neuman et al., Neuron 2002より転載
cAMPの下流はセリンスレオニンリン酸化酵素であるPKA (Protein Kinase A)とcAMP-GEFであるEpacが知られています。ノックアウト実験から、PKAが突起伸展に重要であることが分かりました。一方、突起伸展のような細胞骨格編成にはRac1やCdc42といった低分子量Gタンパク質が重要です。つまり、PKAがどのようにRac1とCdc42を制御しているかを調べれば、cAMPによる突起伸展の分子機構が明らかにできます。この目的のために、FRETという生きた細胞内でリアルタイムに分子活性を測定できる手法を用いました(図2)。
図2. 細胞内のFRET観測。FRETバイオセンサーは分子活性に応じて構造が変化し、内部でFRETが起きる。FRETによるバイオセンサーの蛍光特性の変化を検出することで、分子活性を定量することができる。
cAMP投与による突起伸展時のRac1, Cdc42, PIP3とPKAの活性をFRETイメージングによって測定したところ、PKAとRac1で共通した活性パターンが観察されました。cAMP投与直後にはPKAとRac1は細胞全体で活性化しますが、その後、突起伸展が伸びていく際にその突起に活性が局在化していくことが分かりました(図3)。このことから、cAMPにより活性化したPKAが突起に局在化し、Rac1を直接制御している可能性が示唆されました。そこでRac1特異的GEFであるSTEF (Tiam2)とPKAの関係を調べたところ、STEFの749番目のスレオニンをPKAがリン酸化しGEF活性を上昇させ、Rac1を活性化させていることを明らかにしました。以上の結果は、PKAがRac1を直接制御する数少ない報告であり、cAMPによる神経再生の新たな知見になると考えられます。
図3. cAMPによる突起伸展時のRac1とPKAのリアルタイム測定。Rac1活性を測定するRaichu-Rac1(上)とPKA活性を測定するAKAR(下)をそれぞれ発現したPC12D細胞のFRET画像。暖色が高い活性を示す。cAMP投与後の時間経過を示す。投与後30分までは細胞全体での活性を示すが、その後に突起が伸展していく過程で突起に活性が局在していく。